今日の散歩路

RSS     Archives
 

スポンサーサイト

 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 

「カバヤキャラメル」・「SSキャラメル」

 
子供の頃に、カバのような自動車を使って「カバヤキャラメル」を打っていた、菓子を買って食べた記憶があります。

「カバヤ」のサイトには、昭和21年に岡山市で創業しカバに似せた車で全国を回り販売した記録があるため、間違いはないと思われます。

history1_big[1]

c98c69b3bde305423b803bc81d484af5[1]

「カバヤキャラメル」の他には駄菓子屋で「SSキャラメル」を買った思い出がありますが、ネット検索してもヒットしませんでした。

当時は「SSキャラメル」より美味しい「森永ミルクキャラメル」も店頭に並んでおりましたが少々高価だったため、子供には「SSキャラメル」の方が人気があったようです。
スポンサーサイト
 

《メモリ》マヒナ・松平さんとの生写真

 
正確ではありませんが、今から30年前だったと記憶しています。
上司の行き付けのスナックにお供した時に、マヒナスターズ・ヴォーカルの松平直樹さんがいらっしゃいました。

s-9-マヒナスターズ・松平

当時はグループに問題があり歌手活動を休止されていた時代で、後々の話ではスナックの経営者とは知り合いのようでした。

当日は松平さんと我々のグループ以外の客はなく、色々と話を聞きましたが忘れてしまい、写真だけを撮ってもらった事が思い出になっています。


にほんブログ村
 

《メモリ》花粉症には罹らないけど

 
杉花粉が終わると檜が原因の花粉症で、まだ多くの人たちが苦しんでお見えのようです。

花粉症の原因は解明されておりませんが、杉・檜が多い山村よりも都会に住む人が罹る割合が多いのは、「花粉+車等の排ガス」とも言われているようです。

私は幸いにも花粉症の襲来を受けておりませんが、あるアレルギー症状を持っているのです。

それは「ウルシ」で、子供の頃は春から秋にかけて「ウルシの気触れ(かぶれ)」から解放されたことはなく、手足、首、腹部の全体が気触れ、汚れた手で痒いので掻くため体全体に広がったものです。

ウルシは木だけでなく、1mぐらいの草に混じった色々な種類のウルシが自生し細い田舎道に伸びているため、どこでも体に気触れる状態でした。

冬は焚火にあたっているとウルシの木を燃やした煙が体に付着しいしまうため、皆と暖をとることも出来なかった記憶があります。

大人から「お前はウルシの話でも気触れる」とからかわれたものですが、当時は越中富山の置き薬にはウルシに効く塗り薬はなく、自分の治癒力に頼るしかなかったのですが、今ではウルシの木などに近寄ることもないため気触れとは縁が切れました。


にほんブログ村
 

≪メモリ≫ 栄養失調で生死の境をさまよう

 
終戦直後のことだったと記憶しています。

あの頃は食べることが精一杯で病気になっても薬は無く、隣の同い年の子は回虫が原因で亡くなりましたが、私も栄養失調で日に日に体が衰弱し、親に連れられ医院に出かけても、もちろん処方される薬は無の時代でした。

その後、起き上がることも儘ならず、両親は座敷に寝かせ田畑の仕事に出かけた或る日、世にも不思議な体験をしたのです。

通常は息苦しくて立ち上がる事が出来ないほど衰弱した身体でしたが、その時は、私が青暗い空を後ろ向きに膝をかかえて飛んでおり、とても爽やかで気持ちが良かったのです。

畑から帰った両親は異常を感じたのか叩き起こしたようですが、夢なら忘れてしまいますが不思議な体験は今でもはっきりと覚えており、現在なら『宇宙空間』を飛んだと言っても説明がつきますが、私は最初の宇宙飛行士のガカーリンより早く宇宙旅行を楽しんだのかも知れません。(笑)

このような状態を「臨死体験」とか「体外離脱」と言ても私には分かりませんが、一般的な夢ではなかったと思います。
それから両親がヤギの乳が良いことを聞き、遠い所から懇願して取り寄せて飲ませてくれましたが、青草臭いため簡単には飲まなかったそうです。

「両親、ヤギ、貴重な乳を分けてくれた所」のお蔭で命を繋ぐことができておりますが、蒼空を飛んだような事は両親にも家族にも話しておりません。


にほんブログ村
 

≪メモリ≫ 荷車と一緒に崖を落ちる

 
あれは、小学校に入学する直前のことだったと記憶しています。

数人の子供たちが、二十歳ぐらいの人が引く荷車に乗って遊んでいた時に、誤って10mぐらいの崖に落ちてしまいました。

初めは子供たちが落ち、そのあとに荷車が頭の上に加速をつけ追いかけるように落下したのです。

落ちて止まった所は川が流れており、子供たちの泣く声は「せせらぎ」の音にかき消されてしまい、誰もが頭や手足から真っ赤な血を流していたと思います。

それから、どのようにして助けられたか記憶はありませんが、どの子供も奇跡的に擦り傷ぐらいで済みましたが、現在なら新聞やテレビが大騒ぎされるような事故でした。

その後、事故や病気で4回ぐらい死にかけましたが、悪運が強いのか現在の齢まで息を繋いでおります。


にほんブログ村
プロフィール

春駒

Author:春駒
リンクフリー






検索フォーム



ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。