今日の散歩路

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食べたら出る

 
今日も災害時に使う物品の一部を紹介します。

人間の摂理として食べたり飲んだりすれば、必ず「排泄」が伴います。

災害が発生しても移動式トイレが利用できるのは後々の事で、マンションなどは水道が止まれば、その時から困ってしまいます。

そこで、ビニル袋に排泄し粉をかけると固まる商品で、いくつかを市販の黒いビニル袋に入れ、取りあえずベランダ等に置いておけば良いでしょう。

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なお、災害時だけでなくドライブやアウトドアでも使用できます。


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有ると暖かい「カセットボンベ・ストーブ」

 
カセットボンベ・ストーブは災害時のために備えたのではなく、浴室には暖房があっても脱衣所(洗面所)を温めるために、妻の介護のために買ったものですが、阪神も東北の災害も寒い時に発生したので非常用に室内で暖を取るためには良いでしょう。

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イワタニ製

燃料はカセットボンベで強・弱の切り替えがあり、標準の使用で3時間20分使えるそうです。

灯油やガソリンと異なりカセットボンベの保管は難しくなく、メーカー側はゴムのパッキンが劣化するため、製造から6~7年後には廃棄するように訴えておりますが、発錆などに注意して保管すれば10年ぐらいは大丈夫かも知れません。

カセットボンベを使用する機器としては発電機があり、当マンションでも備えています。
以前、貯水槽から水中ポンプで汲み上げる訓練時に、ガソリンエンジンの発電機のエンジンがかからなかった事があり、カセットボンベ発電機に切り替えたのです。

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ホンダ製

この発電機はカセットボンベ2本で2.2時間稼働し、900Wの出力があるため水中ポンブに使用できますが、10万円前後の価格のためアウトドア好きの家庭で備えるのも良いと思います。

また、以前に畑を借りていた時に「カセットボンベ耕運機」を買って使用しておりましたが、野菜と共に耕運機も盗まれた事が原因で畑は返してしまいました。


 

非常食品の買い足し

 
災害や事故等の最終処理として「保険」は重要ですが、とりあえず食料品等のチェックを行いました。

最初に買った「アルファー化米」は、昨年の夏ごろに賞味期限切れとなっており次に買ったのが今年中には切れますが、ナマ物と違って食べられると思ってネット検索したら、2年経過した非常食を食べたという書き込みを見つけたのです。

そこで、半年前に切れた物を食べてみましたが、捨てるにはモッタイナイの思いをしました。

今回は、尾西食品の非常食を1セット買い足しました。

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なお、水は100リットルほど備蓄していますが、暖かくなったら入れ替えを行います。





 

伊勢湾台風物語⑥

 
台風被害が少なかったことは中心地から離れていたことですが、2ケ月も浸水が続いたことで大変な年となりました。

当地は海岸線から14km離れておりますが高潮により海水が入ったことや、8km先の二級河川の堤防の決壊で浸水し、堤防の閉め切り後にポンプで排水作業が行われても低地のため徐々に徐々に水が引いたことになります。
なお、現在は堤防も嵩上げされ河川も整備され、強力な排水ポンプが設置されたようです。

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最後の仮締切り完了(ネットより引用)

当時は決められた避難所や救援物資、ボランティア等はほとんどなく、復旧作業も「自力更生」でした。

従って、地域に散らかったゴミや田畑に沈殿した台風の残骸やドロは、それぞれの農家が片付けたのです。
又、田には塩水が入ったため数年にわたり満足なコメが作れなかったそうです。

伊勢湾台風後は日本の経済の発展に比例し、当時とは比べられないほどの住宅が建てられました。
昔は田んぼが降雨時の一時的な貯水池の役目が、宅地造成により現在は貯水能力も少なくなってきました。

今回の16号台風は伊勢湾台風に次ぐ大きな台風で、特に雨が多く市の警報の発表と解除は10回以上になっていたとメールで知りました。
ニュースでも、これからの台風は巨大化すると発表していました。

当方は大雨が続いても土砂崩れや洪水の被害は考えられなくても、長期に亘る浸水が続くことは今後も考えられるため、戸建住宅に見切りをつけマンションへ引っ越した理由は災害を考えた結果でもあります。
お蔭で現在は地震があっても台風がきても、大雨が降っても以前のような心配は不要となりました。

伊勢湾台風後も各地で大きな災害が発生しておりますが何時の場合でも「備えあれば憂いなし」で、「まさか、災害が起きるとは、」は死語にしないといけません。(完)
 

伊勢湾台風物語⑤

 
会社に戻ると懐かしい顔が一杯で、2ケ月に渡る空白も一瞬のうちに解消したのです。

会社では各地から送られてきた「救援物資」の配給がありましたが、薄汚れた汗臭い衣類や、何故か戦争中に出征兵士に送られた日章旗の寄せ書きまで入っていたことには驚きました。

使えそうな物資は先輩たちが独占し、我々は「物資ゴミ」を片付ける役目となりましたが、当時としては当たり前の事だったのでしょう。

要の道路であった「国道1号線」は2ケ月以上も水没し復旧が急がれましたが、低地で水が引かないため「ドラム缶工法」といって道路の両端にドラム缶を並べ中に土を入れ舗装し、従来からドラム缶の高さだけアップさせることで道路の使用が確保されました。
そのため、全国からドラム缶が集められたので品不足が続いたそうです。

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一号線のドラム缶工法(ネットより引用)

その結果、道路の周囲の建物は道路より低くなり出入りも大変だったようですが、その後、出入り口も改修され周囲の建物も立て直されたので、現在では痕跡は全くなく「ドラム缶工法」が施された道路であることを知る人も少なくなりました。

又、現在は伊勢神宮へ出かける場合は近鉄線で名古屋から直通で行けますが、伊勢湾台風前は「伊勢中川」の駅で乗り換えたのです。
理由は名古屋~中川間の鉄道は狭軌で伊勢方面は広軌のためでしたが、伊勢湾台風直後に全線を広軌に変更したお蔭で直通になったこともあります。
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春駒

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